フリーコーヒーが結ぶ人と産地、“おいしい”の先にある物語「NOZY COFFEE」×「ゼンガクジ フリー コーヒー」

ストーリー

足立区古千谷本町にある「全學寺」の駐車場を拠点に、スペシャルティコーヒーを無料で淹れるコミュニティ「ゼンガクジ フリー コーヒー」。フリーコーヒーの一杯をきっかけに、地域の人や訪れた人たちがゆるやかにつながる場が生まれてきました。

その活動を支えるのが、渋谷区神宮前にあるコーヒースタンド「THE ROASTERY by NOZY COFFEE」のコーヒー豆です。 


「NOZY COFFEE」で品質管理・買い付け担当をする菊池伴武さん(左)と、「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」バリスタのMutsumi(右)
「NOZY COFFEE」で品質管理・買い付け担当をする菊池伴武さん(左)と、「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」バリスタのMutsumi(右)

「NOZY COFFEE」で品質管理・買い付け担当をする菊池伴武さんと、「ゼンガクジ フリー コーヒー」バリスタのMutsumiが、スペシャルティコーヒーを通して届けたいこと。そして、“おいしい”の先にある本当の価値について語り合います。

はじまりは「おいしい!」という感動から

「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」オーナーバリスタのMutsumiさん
「ゼンガクジ フリー コーヒースタンド」バリスタのMutsumi

「最初は、シンプルに『おいしい!』という感動から、コーヒー豆をフリーコーヒーで使わせてほしいとお願いしました」

Mutsumiは、10年以上前に「THE ROASTERY by NOZY COFFEE」で飲んだスペシャルティコーヒーの驚きを振り返ります。ブレンドをしない、シングルオリジンの「NOZY COFFEE」のコーヒー豆は、彼女にとってカルチャーショックのような体験でした。

一方、卸売りの依頼を受けた菊池さんは、当時の正直な心境を明かします。

「最高品質の豆のコーヒーを無料で提供するって、一体どういうことだろう?と思いました」

「NOZY COFFEE」菊池伴武さん
「NOZY COFFEE」菊池伴武さん

「NOZY COFFEE」は、2010年にシングルオリジンのスペシャルティコーヒーを専⾨とするコーヒースタンドとして、三宿ではじまりました。“コーヒーといえばブレンド”という概念を覆し、農園単位で仕入れた⾼品質なコーヒー⾖の持つポテンシャルを最⼤限に引き出したスペシャルティコーヒーを提供し続けています。

普段の販売では、コーヒーの価格もあって、価値を理解してもらうために丁寧な説明が必要です。それだけに、“無料で提供する”という話には、驚いたと言います。

「NOZY COFFEE」でのセミナーの様子(大島撮影)
「NOZY COFFEE」でのセミナーの様子(大島撮影)

「NOZY COFFEE」のコーヒー豆をフリーコーヒーで提供するにあたり、Mutsumiは事前にセミナーを受けました。その時の印象を、菊池さんはこう振り返ります。

「お子さんを抱えながら家族で参加してくれて、和やかな雰囲気でした。Mutsumiさんの夫の大島さんが、“むっちゃん大好き”という熱量もスタッフに伝わってきて(笑)だから、僕らも親しみやすかったです」

コーヒー豆に託したメッセージ

フリーコーヒーに訪れた際のことを話す菊池さん
フリーコーヒーに訪れた際のことを話す菊池さん

フリーコーヒーが始まって3年強が経過した2020年3月。世間は、コロナ禍に。

渋谷にある「THE ROASTERY by NOZY COFFEE」周辺のキャットストリートも人がいなくなり、「外に出ること自体がどこか責められるような空気があって、まるで禁酒法のような張り詰めた空気がありましたよね」と、菊池さんは当時を回想します。

そんな閉塞感の中、菊池さんが気にかけていたのは「ゼンガクジ フリー コーヒー」に集っていた人たちでした。仕事をしている自分たちとはちがい、地域の方々は外に出るきっかけを失えば、誰とも話さない状態になるかもしれない。

菊池さんは「ゼンガクジ フリー コーヒー」への応援の想いから、オーダーされたコーヒー豆を送る際、それとは別にメッセージを添えて少量のコーヒー豆を同梱していました。「僕から、Mutsumiさんと大島さんへの“フリーコーヒー”のつもりでした」と話します。

「ゼンガクジ フリー コーヒー スタンド」の様子
「ゼンガクジ フリー コーヒー スタンド」の様子

菊池さんの想いは、Mutsumiにも届いていました。

「正直、コロナ禍ではフリーコーヒーをやってはいけないという空気を強く感じて、お休みをした時期もありました。だれど、外に出てもいい、人と喋ってもいいというきっかけになればと思って再開しました」

活動を続けることへの不安はあれど、それでも人とのつながりやコミュニティを守りたいという思いの方が大きかったと言います。フリーコーヒーは、地域の人たちにとっての小さな外出のきっかけとなり、同時にMutsumi自身にとっても安心できる場所になっていました。

挽いた豆を入れる様子
挽いた豆を入れる様子

コロナ禍の経験は、菊池さん自身の仕事のあり方にも影響を与えました。

「以前は、営業コストをかけないことがビジネス的に良い状態だと思っていました。でも今は、自分たちが感じる背景まで求めてくれる卸先のお客さんには、積極的に会いに行こうと思っています。お金だけのやり取りではなく、そうした情報を求めてくれる人との時間を大切にしたいんですよね」

コーヒー豆が結ぶつながりと循環

おいしいのプラスアルファの価値について話す菊池さん
おいしいのプラスアルファの価値について話す菊池さん

菊池さんはスペシャルティコーヒーの魅力をこう語ります。「おいしいのは大前提です。その先にある“プラスアルファのなにか”こそが、スペシャルティコーヒーの魅力だと思っています」生産者とのつながりを深めていくなかで、自分自身の感覚が変わっていったそうです。

菊池さんがコーヒーのビジネスに携わり始めた20代の頃は、シンプルに“味の違い”におもしろさを感じて、「おいしいものに出会った感動を、お客さんに届けたい。スタッフにシェアしたい。一緒に楽しみたい」という純粋な想いが原点でした。それが、海外の産地へ飛び回り、多くの経験を積んだ今、スペシャルティコーヒーの魅力の捉え方はより多角的なものへと進化していったと言います。

「ただ、“プラスアルファのなにか”を厳密に測るつもりはありません。スペシャルティコーヒーを介して、Mutsumiさんと地域の方々、そして、生産者との間に新しい関係性が生まれたり、何かが共有できたり。それだけで十分じゃないかと思えるくらいの“ゆるさ”も含めて、魅力だと思ってくれたら嬉しいですね」

コーヒーを手渡ししながらコミュニケーションをとるMutsumiさん
出張先でコーヒーを手渡ししながらコミュニケーションをとるMutsumi

Mutsumiは頷きながら、「誰かが淹れてくれたコーヒーや、丁寧に焙煎されたクオリティの高いコーヒーを飲む機会はそんなに多くないから、だからこそ、生まれるコミュニケーションもあるように感じます」と最高の1杯が生む縁を感じていました。

スペシャルティコーヒーのおいしさを共有する。その積み重ねによって、出会いやつながりが生まれ、新たなプロジェクトが立ち上がる。「ゼンガクジ フリー コーヒー」にとっての“プラスアルファのなにか”は、フリーコーヒーを続けていく中で育まれていったのかもしれません。

対談は北千住にある紹介制酒場「Gachi Adachi Club」にて
対談は千住にある紹介制の酒場「Gachi Adachi Club」にて

菊池さんが思う“プラスアルファのなにか”。それは、生産地での人との関わりにもあります。菊池さんは、年に2、3回ほど海外の産地を訪れます。最近、ホンジュラスへ赴いた際は、いくつかの小規模農園をまわりながら木の様子を確認し、テイスティングをおこない、農園の状況についてなど対話を重ねたそう。そのなかでも大切にすることは、やはりコミュニケーションです。

「真面目な話ももちろんしますが、ご飯を一緒に食べたり、酒を飲む時間が大切なんですよね。移動中なのにビールが出てくる時もありますよ。手土産は柿の種が鉄板で、それをつまみながら(笑)」と、実際の関わり方を教えてくれました。

現地の方とのおもしろいエピソードを話してくださりました
現地の方とのおもしろいエピソードを話してくださりました

菊池さんは農園で生産者たちと食事を一緒に囲み、他愛のない会話で盛り上がります。ときには、結婚の概念の違いに驚かされることもあれば、亡くなった現地の仲間の墓参りに行くこともあります。

「コーヒーだけのアクティビティじゃない要素もとても重要で、大切な時間です」そうした交流が積み重なるうちに、菊池さんの胸には情が芽生えて、「頑張って彼らからコーヒーを買えるようになりたい。同時に『あいつが来年も来るなら、ちゃんと作ろう』と思ってもらえるような存在でありたい」と話します。

「楽しそう」と共感するMutsumiさん
「楽しそう」と共感するMutsumiさん

菊池さんはその流れから、自身の原点についてこう言います。「最近、自分も親になって改めて思うんです。僕は日本一人口が少ない青ヶ島の出身で、父が家を建てたり、車を直したり、いろんなロープの結び方を知っていたりする姿が当時は当たり前だと思っていて、すごさに気づかなかったんです。ある日、島外から来た先生に『君のお父さん、かっこいいね』と言われて初めて、それが誇らしいことだと今になって気づきました」

そして、「それは、スペシャルティコーヒーも同じだと思うんです」と続けます。産地の子どもたちにとって、働く父親は“日常”に過ぎないかもしれません。しかし、日本から来た菊池さんが「お父さんのスペシャルティコーヒーは価値がある」と伝えることで、その仕事は家族の“誇り”へと変わります。

「外から来た私だからこそ、彼らの価値を光らせることができる」

スペシャルティコーヒーのおいしさだけではない。その先にある価値を、菊池さんは教えてくれました。

それぞれの役割がつくる、これから

「NOZY COFFEE」のスペシャルティコーヒー
「NOZY COFFEE」のスペシャルティコーヒー

これまで菊池さんは、会社として自分が前に出るより、スタッフが活躍することを大切に考えていました。しかし、最近はスペシャルティコーヒーの背景にある価値や生産者の物語を伝えていく役割を「誰にでもできることじゃない、自分だから伝えられること」と、自身が担う意味を感じていると言います。

AIが発展する時代に、テキストでコーヒー豆の背景にある細やかな想いや関係性は伝わるのか。会社にとって、価値のあることなのか。そんな葛藤もあると言います。それでも、人が物語を伝えることに本質的な意味があり、その物語をお客さんと一緒に育てていくことを菊池さんは大切にしていきたいと話します。

「その第1歩として、まずはスタッフ全員に物語を届けること。スペシャルティコーヒーを飲んでもらうことで生産者の活動と繋がるという循環をうまく伝えていきたいです」

最後に、Mutsumiも「ゼンガクジ フリー コーヒー」のこれからについて話します。

「フリーコーヒーはこれからも変わらず続けていくことが大事だと思っています」

活動を続けていく中で感じているのは、「変わらずそこにいること」の大切さだと言います。自分たちの環境も、周りの状況も少しずつ変化していくなかで、それでも同じように続けていくことで、コーヒー豆の生産者の方も含め、これまでにつながってきた人たちとの関係を続けていけると考えています。

また、活動を続けているからこそ出会える地域の外側の人とのつながりにもMutsumiさんは期待しています。「拠点を大事にしつつ、これからも変わらずNOZY COFFEEのスペシャルティコーヒーをいろんな人と共有していきたいです」

「ゼンガクジ フリー コーヒー スタンド」で手渡される一杯のスペシャルティコーヒー。そのあたたかなひとときが、海を越えるつながりをゆるやかに結んでいます。

THE ROASTERY BY NOZY COFFEE
https://nozy-coffee.jp/

話し手=菊池伴武さん、Mutsumiさん

編集=しまいしほみ

撮影=山本陸